千夜一夜の物語

14
10

駅の自販機に小銭を入れ、出てきた紙を手に帰りの電車に乗る。
ネクタイを緩めて、僕は感熱紙に目を落とす。
そこに書かれているのは、短い短い物語だ。

彼女が教えてくれた。自販機には、千人の書いた千の物語が詰まっているのだと。
その中には、彼女の物語も含まれているのだと。 

「あなたのことを書いたの。読んでくれる?」
そう言って彼女は、還らぬ人になった。

最初は彼女を、彼女の物語だけを求めて、狂ったように小銭を押し込んだ。
他の物語は、彼女に辿りつくための障害でしかなかった。でも。

秋風と虫眼鏡の喧嘩に、ついクスリと笑わされた。
長年連れ添った老夫婦の会話に、不意に涙がこぼれた。

小さな物語は少しずつ少しずつ、僕の心を温めてくれた。

あれから半年、彼女の物語にはまだ出会えていない。
でも今は一日の終わりの、この時間が愛おしい。

僕のシェラザードはその先で、きっと待っていてくれる。
青春
公開:18/10/08 20:13
更新:18/11/26 20:38

にしおかゆずる

自分のペースででゆるゆると。
昔書いたtwitter小説を転載したりもしています。
 

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容