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 鄙びた山間で宿へのバスを待っていると、旅行鞄を提げた女が横に座った。
「旅行ですか?」
「美味しいものが食べたくて」
 野暮な詮索は無用だ。
「一人旅は不審がられるから」と水を向けると女はこくりと頷いた。

 膳が並ぶ。木の芽和え、山菜の佃煮。固形燃料の上には茸鍋があり、皿をはみ出すほど大きな山女の塩焼き。そして茶碗蒸しに味噌汁だ。
「好きなものはいつ食べる?」と、俺は山女をつつく。小骨が多いが旨い。
「最後に。大嫌いなものの次に」
 女が残しているのは山女と茶碗蒸しだった。
「茶碗蒸し食べていただけますか?」
「ああ」
―ということは、大好物が山女か
 と、女の膳を見ると、女の山女が跡形もない。頭も尾も骨も…
 女は浴衣をはだけて、腹をさすっている。
「大丈夫か?」
 女は、青い顔をして俺の手を強く握った。

 ―嫌いなものが山女だったんだな…
 薄れ行く意識のなかで、俺はそう思った。
ホラー
公開:18/10/05 12:30

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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