妻の名前

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 出張先での仕事が順調に片付き、新幹線の乗換駅へ向かう途中の駅に、私は降りた。20年ぶりだ。
 大学の駅。初めて一人暮らし、初めて彼女。その彼女が今の私の妻なのだから、人生というのはわからないものだ。
 西に歩くとプールバー。笹藪の山へ入る路地を曲がる。
 滑り台とシーソーがある小さな公園のベンチに花束が置いてある。その前が彼女のアパートだ。外壁は当時のまま。二階の角部屋には、彼女が好みそうなピンクのカーテンが風に揺れていた。
「飛び降りようとするのを後ろから止めようとしたこともあったな」と思い出す。
 峠で道が分かれる。私は右へ向かう。30mほどで当時の私のアパートがある。
 突然、記憶と現実の景色が重ならない。道は笹藪に飲まれ、切り立つ崖に出た。眼下を新幹線が通過する。
「×××」
 思わず私は妻の名を呼んだ。
「それ誰?」
 背後から、当時と変わらぬ彼女の声がした。
ホラー
公開:18/09/28 15:49

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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