前の席の前野さん

前の席の前野さんは振り向かない。
前野さんはこの中学でトップクラスの秀才。背筋がピンと伸びていて、長い黒髪は艶やかだ。そんな前野さんを振り向かせる事に全力を尽くしているのが、この僕である。

「前野さん。『ミリン』って十回言ってみて」
「その声から察するに」
「ん？」
「ニヤケ面」
「ニヤケてないよ！」
「ミリン、ミリン、ミリン」
「切り替え早っ！」
「ミリン、ミリン、ミリン、ミリン、ミリン、ミリン、ミリン」
「じゃあ、鼻の長い動物は？」
「ハネジネズミ」
「……へ？」
「ハネジネズミ、知らないの？　鼻の長い動物よ。『キリン』なんて引っ掛けになんて掛かりません。あと普通に『ゾウ』と言ってもつまらないから」
「可愛くねー！」
「あら？　私に可愛さを求めていたの？　何故？」
「もう良いよ！」
「そう。あ、一つ言っておくけど十回クイズの切り返しはほぼマスターしているから、私」

前野さん、強し。