ある電車での邂逅

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 分厚い雲が邪魔をして、日輪は見えなかった。
 午後の昼下がり、電車の椅子に腰掛けそっと腹部を撫でる。すっかり膨らんだお腹の向こうから、蹴り上げるような、小さな拍動を感じる。それが私を不安にさせた。
 私は鞄からスマートフォンを取り出し、一枚の写真を眺めた。小さな画面の中で、私にそっくりの女性が微笑んでいる。異なるのは、右瞼の中央に大きな黒子があることくらいだ。――会ったことのない、生死も分からぬ、私の母。
 隣に座っていた、年配の女性が声をかけてきた。
「今日も暑いわねえ。こんなに暑いと、お腹の赤ちゃんにも毒よね」
「そうですね……」
「妊娠中は体温が高くなるから、気をつけてね。これ、よかったら」
 そう言って、女性は小さな袋に入った塩飴を差し出した。
「すみません。……ありがとうございます」
 掌の塩飴は、陽光のようにあたたかかった。
 女性は、右に黒子のある瞼をとじて微笑んだ。
その他
公開:18/09/22 16:40

青木ウミネコ( 東京都 )

二十代半ば、会社員のかたわら執筆しています。
まだ拙い部分もありますが、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。

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