月と遊泳

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町立天文台喫茶室にやってくるお客さんが皆天文ファンとは限らない。
「科学が発達したせいでこの世は夢もヘチマもなくなった」
と言うお客さんも少なからずいる。そんな時店主は苦笑を零しながら一つのゴーグルをお客さんに手渡すのだ。
不思議なことに、ゴーグルを覗いたお客さんは誰も彼もが息を飲み、あるいは感嘆の声をあげ、次には伴を連れずに一人で来る。
あれだけ嫌っていた昏い月面写真を売店で買って帰るひともいる。

「マスター、いったい彼らは何を見ているんですか」

堪らず訊いた私に店主が差し出したのはあのゴーグルだった。

「これはね、潜望鏡なんだよ」
「天体望遠鏡ではなく?」

かけてご覧と笑う店主。
その世界は藍一色だった。光のカーテンを縫うように見たことのない魚が泳ぎ、昆布とも梅花藻もとつかない植物の草原がそよいでいる。

――まさか、ここは。

水面から宙を仰げば蒼い天体。

「そう、月の海」
SF
公開:18/11/19 18:17
更新:18/11/20 20:01

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