幻想百景

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 サヨの朝は早い。起き抜けに身支度を整えると床板が波打つ廊下を抜き足で渡り、雪駄の鼻緒に素足を差し入れ勝手口から外へ出る。
 尻鉄が石畳を搔くちゃらけた音に小さな眉を顰め、悴む指先を前垂れに擦り合わせながら表の暖簾を外せば、次は清掃だ。
 竹箒で一帯を掃き清め、お店の脇から昨日一日の不要が詰まった麻布を引き出して抱えるように石段を上がってゆく。
 この時間がとても好きだった。
 サヨのお店は収集場から離れているため、奉公したての頃はこの作業が一番堪えたものだが、いつかのお座敷の光景がサヨに気付かせてくれたのだ。
 精巧に折りたたまれた風呂敷が一片一片と花さながらに綻んでいく様が、一段一段と蒸気に烟る街が沈み、一段一段と空が開ける現実に重なる。
 そして瞼の裏に浮かぶ蒔絵の文箱。
 目を開けばそこには朝焼けに染まる錦の雲海が広がっている。

 ここは湯の島、鉄の島。
 毎日が極彩色の空の島。
ファンタジー
公開:18/11/17 15:14
更新:18/11/20 20:07

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