利き手

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とンとととと。
まだ明けきらぬ冬の朝。
小僧さんが本堂の床を雑巾拭きする足音で私は目が覚めた。時計がわりのスマホに手を伸ばそうとしたが、右手がない。右腕ごとないのだ。
どこで落としたものか。
小僧さんに探してもらうが境内にはなかった。住職に聞いても知らないと言うし、檀家の長老などは「ほだにいっぺぇあんだがら他の手使ったらいい」などと言う。
確かに私は千手観音だが、千手にだって利き手がある。
先週まで上野の美術館に出張していたが、その帰りには確かにあった。その手でシュウマイ弁当を食べたのだから。
通常拝観に戻って二日。寝ている隙に誰かが抜き取ったのだろうか。
いや、人を疑うなんて。
こんな私が拝観に応じていてよいのだろうか。
思い悩む私に檀家の長老は、「ま、いいんでねえの」と、乾燥を嘆きながら背中を掻いている。
「ちょっと、その孫の手!」
「獣ぐせぇがら拭いてんだ」
小僧さんが、私を見た。
公開:18/11/15 09:48

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