飛沫は三階まで

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 屋上の手すりに歪む僕の影に向かって、先輩の名を小さく呼び捨ててみた。
 すると「はぁい?」と間延びした、いつもの先輩の声が応えたので、僕は慌てて身を乗り出した。
 三階の窓枠に、おさげ髪の先輩の頭が頬杖をついて「はぁい?」と呟いている。
 その、微かにこもった柔らかな声は、ほんのわずかの棘も無く、茫漠とした視線そのままに、中空へと滲んでいた。
 僕は両手に力をこめる。身体はあっけなく鉄柵を越え、心地よい無重力が、僕を祈りにまで昇華させる。

 微かに開いた薄い唇。精巧な前歯をいたずらに突付く真っ赤な舌先。
「はぁい?」
 一本調子の間延びした、いつもの先輩の声が、いま初めて僕の瞳を撫でた!

 飛沫は三階まで届くだろうか?

 不透明な夏は捩れ、窓辺で頬杖をつく先輩のおさげ髪は、涼やかな音色で風と戯れている。

 飛沫は三階まで届いたろうか? 

「はぁい?」
 先輩の声が聞こえる。
青春
公開:18/11/09 13:42

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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