自動販売機

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しまった、と思ったときにはもう遅かった。
私の手から落ちた小銭は、自動販売機の下へ転がっていった。膝をついて自動販売機の下をのぞきこんだが、暗くて見えなかった。息子ほど年下の部下が、電子マネーの時代だと言っていたのを思い出す。
ふとお尻に視線を感じて振り向くと、若い女性が慌てて目をそらし、小走りで行ってしまった。
私は立ち上がり、ため息をついて自動販売機を見た。そこに飲み物はなかった。
缶やペットボトルがあるべきところに、「あのとき彼女に告白していたら」「あのときもっと勉強していたら」「あのとき会社を辞めていたら」などと、私の脳裏に一度は浮かんだことのある『たられば』が並んでいた。
これを押したら私は過去に戻ってやり直せるのだろうか。
胸ポケットのスマホが鳴る。
妻からだ。
家へ帰ろう。
自動販売機と月の明かりが、私のさびしくなった頭をやさしく包んでくれているような気がした。
その他
公開:18/11/06 12:20

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