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 美しく咲いた蓮の花を見るたびに、八重子は胸のうちに温かな火の点るような優しい気持ちになる。

 かつて八重子が泥沼であえいでいた時、彼が現れた。彼は泥まみれの八重子を躊躇うことなく抱きしめてくれた。
 すると八重子は、泥沼が澄んだ泉になったような気がした。息苦しさも、焦りも消えた。八重子は、もう何処にも行かなくていいのだと、思っていた。
 だが、やがて八重子は退屈を感じた。彼は微笑んで八重子を放した。八重子は浮上し、彼は沈んだ。少しだけの罪悪感。しかし、八重子には分かっていた。彼は元々、泥の中でしか生きられない男だったのだ。
 ぽっかりと顔を出した八重子の前には、白い蓮の花があった。八重子は、ほっと息をついて、それから、しっかりとした足取りで、次の待ち合わせに遅れぬよう、雑踏に紛れた。

「おまたせ」
「腹が減ったね。何か食べようか」
「そうね。なんだっていいけど、蓮根だけは勘弁してね」
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公開:18/11/06 22:25

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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