涙のプレパラート
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『涙と血は、元々同じものなんだ』
彼の口癖だった。
休日の夜に煙草を消しながら、そう言って笑った。
『身体が怪我して、赤い血が流れるのと同じ。涙は、心が怪我して流れた血なんだ』
私を見ながら、いつもそう言って笑った。
『心の色は、目に見えないだろ。だから……』
そうね。今、私の睫毛を伝った滴も、唇を噛んだ血と似た味がする。
「心の血の色も、目に見えないの」
「……馬鹿みたい。独りで喋って」
私に笑わなくなった顔が、毎晩誰に向けられてるか知ってる。
白衣をひるがえし、机から離れた。
顕微鏡に乗ったプレパラートに、蒸留水に溶けた私の血が一滴。
――心の傷に色を付けたら、きっとこんな風に見えるわ。
ねぇ。もっと素直に泣けてたら、今も私に笑ってくれた?
それが彼と所属を共有した最後だった。
私はその日で研究室を辞め、一滴分の私の標本は、ピントの狂った顕微鏡ごと、翌週の不燃ごみに出されていた。
彼の口癖だった。
休日の夜に煙草を消しながら、そう言って笑った。
『身体が怪我して、赤い血が流れるのと同じ。涙は、心が怪我して流れた血なんだ』
私を見ながら、いつもそう言って笑った。
『心の色は、目に見えないだろ。だから……』
そうね。今、私の睫毛を伝った滴も、唇を噛んだ血と似た味がする。
「心の血の色も、目に見えないの」
「……馬鹿みたい。独りで喋って」
私に笑わなくなった顔が、毎晩誰に向けられてるか知ってる。
白衣をひるがえし、机から離れた。
顕微鏡に乗ったプレパラートに、蒸留水に溶けた私の血が一滴。
――心の傷に色を付けたら、きっとこんな風に見えるわ。
ねぇ。もっと素直に泣けてたら、今も私に笑ってくれた?
それが彼と所属を共有した最後だった。
私はその日で研究室を辞め、一滴分の私の標本は、ピントの狂った顕微鏡ごと、翌週の不燃ごみに出されていた。
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公開:18/11/04 11:26
創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。
【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞
いつも本当にありがとうございます!
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