MDプレーヤー

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「何が欲しい?」
 突然背後から声をかけられた。振り向くと、胸をはだけた初老の男がプライヤーをぶら下げて立っていた。
「あの、MDプレーヤーを…」
 そういいながら、私には、そんなものは無いのだということが分かっていた。だが、老人は大きく頷き、壁の隙間に挟まっていた丸い筒から、三本の丸めたポスターのようなものを抜き差ししながら言った。
「六万八千円」
 高い。私は相場からいってそんな値段は法外だと思った。だが、いままで一度も値段について考えていなかったのだということにも同時に気付いた。私は一体今、いくら持っているのだろう。
「少し、高いなあ。だいたい三万くらいじゃないの?」
 そう言いながら後ずさりする私の声は震えている。希望は潰えたのだ。私には今すぐMDプレーヤーを買うだけの金は無かった。それだけでもう怖気づいているのだ。老人の返事も聞かず、私は天幕を押しのけて再び街路を走り始めていた。
その他
公開:18/11/01 18:39

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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