口元(くちもと)

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「上村流口元 上村登(かみむらのぼる)です」
深々とお辞儀をする師匠。
僕はフリーアナウンサーである彼の付き人をしている。

「口元」と名乗るのには訳があった。
ある日、一緒に居酒屋に行った時のこと。
「何の先生だと思う?」
師匠は店員さんに聞いてみた。

「華道の先生ですか?」
よほど気に入ったらしい。
「『家元』じゃなくて『口元』だな」

365日、北海道から沖縄まで全国行脚。
心から尊敬できる人だが、1つ困ったことがある。

今日の奈良での講演会も満員御礼。話も佳境に入ったその時、こう言ったのだ。
「奈良公園の鹿が人に頭突きをしたとか。だけど鹿だけに『シカ』たがありませんねぇ」

「ヒュー」
会場を冷たい風が吹き抜けた。
最前列のお客さんが手を叩いた姿のまま凍りつく。

「申し訳ありませんっ!」
僕はあわてて楽屋にヤカンを取りに走った。

師匠の口元にはシベリア寒気団が潜んでいる。
その他
公開:18/11/01 16:40

ろっさ( 大阪府 )

短い物書き。
皆さんの「面白かったよ!」が何よりも励みになります。誰かの心に届く作品を書いていきたいです。

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