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或る夕刻、穂積信夫の庭を一人の女が訪れた。その姿は、地面の熱にあおられて溶けかかる、影法師のようだった。
庭の修復に専念していた信夫は、足元を冷気に当てられて顔を上げた。目を凝らしたその先で、影法師が揺らめいた。信夫は、夕焼けに開いた穴のようだと思った。
無言のまま見つめるうちに、信夫は、二人は互いを知り尽くしていて、もはや何の言葉も必要ないかのような錯覚に陥った。
女の唇が少し開き、白い小さな歯が覗いた。女が何か言おうとしているのだということを信夫は理解し、待った。だが、女は、いかなる言葉も発しなかった。
全てが静止していた。
と、信夫は耳朶に、一滴の雨を感じた。それは「穂積信夫様ですか?」と響いた。
信夫は、水を得た大地の芽吹きのごとく、胸に言葉の繁茂するのを感じた。その刹那、女は咽喉を抑えて卒倒した。
信夫は女に触れた。
日は既に落ち、塔屋の風見の軋む音が聞こえた。
庭の修復に専念していた信夫は、足元を冷気に当てられて顔を上げた。目を凝らしたその先で、影法師が揺らめいた。信夫は、夕焼けに開いた穴のようだと思った。
無言のまま見つめるうちに、信夫は、二人は互いを知り尽くしていて、もはや何の言葉も必要ないかのような錯覚に陥った。
女の唇が少し開き、白い小さな歯が覗いた。女が何か言おうとしているのだということを信夫は理解し、待った。だが、女は、いかなる言葉も発しなかった。
全てが静止していた。
と、信夫は耳朶に、一滴の雨を感じた。それは「穂積信夫様ですか?」と響いた。
信夫は、水を得た大地の芽吹きのごとく、胸に言葉の繁茂するのを感じた。その刹那、女は咽喉を抑えて卒倒した。
信夫は女に触れた。
日は既に落ち、塔屋の風見の軋む音が聞こえた。
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公開:18/10/31 08:52
星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。
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