私のお気に入り

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 一仕事終えた私は、今日もお気に入りのコーヒーを片手にテラスへ向かった。
「お。ムトウさん。今からですか?」そこには先客がいた。同僚のハブカくんだ。
 私のオフィスは地上より遥か上、天空にある。それも巨大な飛行船の中に。職場だけじゃない。住まいも居住区専用の飛行船の中だ。
 この、どこまでも広がる青い空と澄んだ空気。暑くもなく寒くもないちょうど良い風が通る場所が、今の日本の労働者を癒してくれる。この時代に生まれてきて本当によかった。
 ある日。中途採用の新人が入社してきた。
「タチバナです。よろしくお願いします」
 一目惚れだった。しかし、彼女は一日と経たず地下支部へ転属になってしまった。噂では、重度の〝高所恐怖症〟だという。
 私は意を決して彼女に手紙を書いた。
「今度、一緒に深海水族館へ行きませんか?」
 返事はすぐ来た。廃墟区の捺印入りだ。
「はい。低い世界は私のお気に入りなんです」
公開:18/10/28 18:29
更新:18/12/30 14:30
働きたい会社 コンテスト

二森ちる( 瞑想と妄想の森で )

二森(ふたもり)ちると申します。
人生の節目に、二つ目の名前をつくりました。童話や小説などはこの名で執筆しています。
怪談やホラー系は「鬼頭(きとう)ちる」名義で活動しています。
どうぞよろしく。

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