旅館のあのスペースの夜

10
13

 自動改札になって家出がしにくくなった。
 男は冷蔵庫からビールをとりだし、籐椅子に座った。
 旅館にはなぜ、窓際にこういう板の間があり、冷蔵庫と簡易的な洗面台設えてあるのだろう。なぜ籐の三点セットが置いてあって、そのテーブルの天板はガラス製なのだろう。そして、この灰皿は、一体何焼きなのだろう。
 ビール。そして煙草。
 やはり硬券が良かった。それを、駅員に渡して、パチンという、あの鋏の音がなくなったのが一番良くない。カチカチと独特のリズムを刻むあの駅員の鋏さばき。人間がカチカチするあの改札口が通過儀礼だったというのに、自動改札の下劣なことときたら… 近眼男が切符を舐めとっているようじゃないか。人間のカチカチ。失われた改札の美。なんと残念なことだろう。
 ここまでで煙草二本と、ビールの中瓶を消費した。いい加減で、くだらないことを考え続けるのはよそう、と男は思った。
 しかし、夜はまだ長い。
その他
公開:18/10/24 11:55

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容