引き出しのなかには

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「君のデスクはここです。あ、一番上の引き出しには何も入れないでください」
 初めての就労で緊張する私に、上司は無表情で奇妙なことを言った。木のぬくもりが残る古臭い机。静かに着席し、恐る恐る引き出しの取っ手を引く。中には、何もなかった。

 ある日。業務でミスをしてイライラしていた私は、うっかり一番上の引き出しを開けてしまった。目を疑った。そこには、いつの間にかピンポン球くらいの小さな苔山が生えていて、その上で小人がひとり、ふあぁ、とあくびをしていたのだ。
 目が合うと、小人はすかさず「ファイト!」と両手で小さな拳を握り、私がそっと人差し指を近づけると、その先にやさしく触れて「いい子、いい子」と撫でてくれた。

 引き出しの中庭の天使は、幾度となく私を励まし、癒してくれた。共に泣き、共に笑ってくれた戦友は今日、私の定年と共に消えてしまった。引き出しの中には、何もなかった。
ファンタジー
公開:18/10/19 17:57
更新:18/12/30 14:29
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二森ちる( 瞑想と妄想の森で )

二森(ふたもり)ちると申します。
人生の節目に、二つ目の名前をつくりました。童話や小説などはこの名で執筆しています。
怪談やホラー系は「鬼頭(きとう)ちる」名義で活動しています。
どうぞよろしく。

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