私は朝顔の芽吹きを見ていた

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 私は朝顔の芽吹きを見ていた。
 未明、湿った土をわずかにはね除けて、一列にまっすぐ、一斉に立ち上がった。黒い種子の半分ずつに割れたものを窮屈に被ったままだったが、瑞々しい白から黄緑色への階調をもった新芽は、種子の重さからは、完全に解き放たれているように見えた。
 谷底から届く沢の音は、雨をはらんで柔らかかった。冷めやらぬ夏の日の濛気が、立ちのぼることも、地に降りることもできぬままじんわりと止まっていた。
 七年目の蝉がジーという産声をそこここで上げた。

「夜の田の稲は揺れない」と言う男がいた。「夜の風は音ばかりだから」だと言っていた。

 有明の月に浮かぶ山稜は、黎明の空よりも黒かった。除虫灯の下には焼かれた蛾や甲虫が落ちつくしていた。動くものは何も無かった。
 そういった全てのものを背後に感じながら、私は、十二本の朝顔の芽吹きを見ていた。その茎の無数の棘は、はやくも朝露を宿していた。
その他
公開:18/10/19 19:01

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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