姥捨山

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六十九歳になった男は、届いた封筒を開けた。
「いよいよか…」
男は書類を揃え、相談窓口へ向かった。
「どうぞ」
物腰の柔らかな女性が声をかけた。
「ご覧になりましたか」
「はい…迷ってます」
「皆さん、最初はそうおっしゃいます」
女性は微笑み、うなずいた。
「流れは…」
「はい。尊厳死についてご理解いただけたら、支払いになった年金を全額お返しします。それと、政府から少額ですが、お祝い金が支給されます」
「サインしないと、どうなりますか」
「個人の自由は保障されます」
「…痛いですか」
「いいえ。薬剤を入れると、眠るように…」
部屋には、空調の音だけが響いていた。
「期限まで、よくお考えになってください」
自宅に戻った男は、畳の上に横になった。
台所には、昨夜の食器がそのまま置かれていた。
一ヶ月後。
「お決めになりましたか」
「…はい」
男の少しこけた頬が、優しく笑っていた。
おわり
その他
公開:26/04/19 08:54
寓話 ズレ ブラック 風刺 不条理

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