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 その日、小さな奇跡が起きた。
 踏切の遮断機に通せんぼされた夕暮れ。普段は使わない歩道橋の先。小さな古本屋。
 店先のワゴンから呼ぶ声を聞いた気がして、足を止めたのがついさっき。
 今僕は、一冊の児童書を手にしている。
 扉の様な表紙絵の印象に覚えがあって。
 霧の様な懐かしさの正体を、探る様に捲った頁の先。
 その書き込みを見つけた。
 「あした よむ」
 「よ」の横棒が突き抜けて、「お」の様になっている。
 子供の頃の僕の癖字だ。
 「お前なのか」
 そうだ。これはいつか遠くへ売られた、幼い日の友人。
 記憶の中より、そいつは随分日に焼けて、知らない書き込みも、角が折れた頁もあって。
 そうか。
 僕のこの手が、今お前を包み込んでいるように。
 「お前も、成長したのか」
 店の奥の、厳しい顔立ちの店主に、代金を払った。
 その夜、僕らは互いの知らない思い出を、朝が来るまで語り合った。
その他
公開:26/04/06 19:44

鹿野 秋乃

毒にも薬にもならないお話ばかりです。

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