「殺さないで」から始まる十二支考 寅年

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「殺さないで」
と僕は言った。
 こんなところでトラに襲われるはずはないと、油断していた僕が悪い。けれど、あと二時間ほどで始発が動く。それまで生き永らえることができれば、誰かが助けを呼んでくれるかもしれなかった。これは千夜一夜物語だ。しかし、トラは人語を介するだろうか?
「沖縄の海底で発見された正六角形の祭壇の話」
 すると、トラは少しだけ首を傾げ、それから低く唸った。
「じゃあ、ベンジャミン・ヒルケラスミーがもたらしたドクターペッパー由来の秘蹟、とか?」
 首筋に牙が食い込んだ。
 考えてみれば、トラが人語を解するとしても、生きている世界観がまるで異なっていることは明らかだ。だから、興味あるテーマだって全く異なっているに違いない。
 ならば歌だ。歌ならば、声で感情を表現するという点で、伝わる可能性が高いのではないか。
 僕は穴が開いてしまった喉笛で、一世一代の「ドナドナ」を奏で始める。
ファンタジー
公開:26/01/31 21:05
更新:26/01/31 21:06

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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