洗い残し

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 妻はうつむき加減で一心不乱に手を動かす。水飛沫が散るのも厭わず執拗に食器の汚れを落としている。食器はいつしか使用前の輝きを取り戻した。夫婦の間に積み重なった不信の澱は洗剤程度で落ちることはない。輝く食器が眩しい。
 突如視線を上げた妻の瞳から冷たさが漏れる。断ち切るかのように水道を止め、濡れた手でエプロンを脱ぎ投げ捨てた。排水口へ汚れと共に消えて行く洗剤の泡のように、妻は自室へと消えて行く。
 扉を閉める音は私の周りの空気を氷点下まで引きずり落とした。部屋にはゴボゴボと吸い込まれる泡の音と、澱んだ汚れだけが残された。

 洗われた食器は穢れなき乙女のように残酷な輝きを放っている。
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公開:26/05/09 07:35

すけ3

30日連続【ショートショート】更新中。日常がふっと壊れる瞬間の話を書いています。
普段は山を走ったり、保護犬2匹と散歩したり、仲間とワイワイしています。

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