背中で語る本

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散歩中に趣深い佇まいの古書店を見つけた。
古い紙特有の甘い匂いに誘われ、それ程広いとはいえない店の奥まで進んでみると《背中で語る本》という棚が待っていて、驚く事にそこに収められている全ての本の背に題名はなかった。
深い森に落ちる影の様な濃緑、拍動まで感じられる血潮にも似た深紅、題名も装飾も無いシンプルな背だからこそどの本も背の色が際立ち、色にのせて己の存在を饒舌に語っている様に思えた。

(私は……)

主張の強い背が多く並ぶ中、一際飾り気のないカーキ色の背を持つ一冊に目が止まった時、比喩表現ではなく本当に声が聞こえた。

(永遠の夜に咲く…一輪の曙光を求めた青年の一生を…語ってきました…)

寡黙な印象の背をじっと見つめると、背は更に続ける。

(…読者の幸福を願って)

本は開いて読むものだが、こういうのもいいな。
文字は無くとも伝わる。
背中は多分互いに心を開いて読むものなのだろう。
公開:26/05/06 09:30

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