妄想?

2
61

 昨日、彼を往来で見かけたよ。暑い午後だったね。

 彼は、麻の三ツ揃えに身を包み、パナマにステッキまで携えていた。その違和感は、向かいの街路樹に見え隠れする彼の姿があまりにダンディーでありすぎることから、ますます増長した。私はそんな物を望んでいなかった。

 彼はこちらを一瞥もせずに、プラタナスの角を曲がっていった。コーナーのガラス越しにしばらく見えていた彼の姿が、廃止になった路面電車の影に消えていった。私にはマンホールの蓋までもが物珍しいものに感じられたが、それは彼があのように歩いた道だったからかもしれない。

 家に戻るとすぐに、彼から電話があった。彼は私を、無視していたのだと言った。

「君の随想の中に真実は一つしか無いよ。自分がしゃべりすぎるという、ただそれだけしかね」

 そう言われてみると、私のあの往来での出来事など、実際には無かったのだということを認めざるを得なかったのさ。
ミステリー・推理
公開:18/07/25 07:43

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容