記憶の森に住む

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夢の中で、よく春の森を歩いた。草が生い茂り、名前も知らない花々が咲く森。隣にはいつも誰かがいた。表情は見えないが、恐怖はなかった。穏やかで満ち足りた時間を過ごしていた。
夢から醒めたある日の朝、リビングが散らかっていた。見覚えのない荷物に首を傾げていると、父に手伝えと促される。
僕が幼い頃に亡くなった祖父の家は、今日から解体が始まる。だから残っていたものを持ってきたのだと父は言った。
生返事をしながら、ある絵画の存在に気がつき、思考が止まった。レプリカだと残念がる声をよそに、懐かしさで泣きそうになる。
僕は、その風景を知っていた。森の奥に潜む水色、鮮やかな深緑。描かれた景色は、夢の中のものだ。
「それな、爺さんが気に入ってたんだよ」
呟く声に、夢で会っていたのは顔も朧気な実の祖父だろうと思った。それは確信だった。
彼はきっと、天国へ行ったのだ。
絵画は僕が譲り受けた。それから、夢はみない。
その他
公開:18/07/14 13:20
更新:18/07/15 22:50

ハナヅキアキ

生まれ変わったらジンベエザメになりたい。
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使用写真はすべて自分で撮影しています。

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