ある森のさざめく黄昏

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そこは静かな森の中で、小さな小屋と大きな木と、足元を覆う草花以外、僕ら二人しか存在しないような場所だった。

「海は知ってる?」
「うみ?」
「そう。広くて空の色をしていて、ザザーッと大きな音を立ててうねるんだ。すごく綺麗なんだよ」
夕方の西日が差す中、僕は備え付けられたベンチに腰かけて、彼女は小屋の中から窓枠に両腕を乗せてもたれかかりながら、お喋りをする。体が弱く外へは出られない彼女に、せめて僕を通して広い世界を見てもらえたらと、僕はいつも彼女に美しい景色の話をした。

「あのね、私、うみを見つけたの」
ある日、朗らかに笑う彼女がそう言って、ほら、と西側の窓を指した。
その窓の向こうでは、夕日に照らされた草木がザアッと音を立て、光を反射して、キラキラと波打っていた。
 
広くて、空の色をしていて。
大きな音を立てて、うねる。

「ね、綺麗でしょう?」

それは世界で一番、美しい海だった。
その他
公開:18/07/14 09:41
更新:18/07/14 10:47

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