一枚の闇

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ある一枚の絵画がある。

それは父が昔から狂ったように大切にしてきたもので、俺は小さい頃からその絵画と隣り合って生きてきた。
俺の人生は、いつもその絵画と共にあった。
来る日も来る日もあの絵画が側にあり、視覚を遮断したところでその存在は消えてはくれなかった。目をつぶっても寝ていても、起きて好きな女のことを考える時間すら、脳内はあの景色に汚染されたままだった。
父はいつも絵画に触れては、深い、美しい、素晴らしい、と、女でもなめ回すように口許に微笑をたたえていた。
俺はその絵が嫌いだった。
薄ぼんやりとした色味にキャンバスの半分を葉が覆う絵図は暗澹として、辛気くささに目眩がした。
ある日俺はついに、そのキャンバスに火を付けた。
油のよく染み込んだ絵はごうごうと燃え、簡単に炭へと変わっていった。
父は駆けつけると燃え盛る絵を恍惚と見つめ、「芸術だ」と呟いた。
俺に一瞥をくれることすら、なかった。
その他
公開:18/07/15 09:48
更新:18/07/15 10:21

ゆた

高野ユタというものでもあります。
幻想あたたか系、シュール系を書くのが好きです。

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