彦野の夏

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 「また、一つの夏が終わってしまう」
と彦野は思った。そして唐突に「海を見にいこう」と、短パンに草履を突っかけると、シャツをはためかせて、表に出た。
 記憶では、道路を渡ってすぐ、砂丘が広がっている筈だった。だが、そこは高層ビルの林立する一大オフィス街と化していた。
「どこだ。どこに海があるんだ?」
 彦野はビルの隙間へ身体をねじ込むようにして、歩き続けた。いつしか、彦野の視界を遮るものは、コンクリートから芒野原に変わっていた。肌を切り裂かれながら、彦野は波音と潮風を探した。
 不意に、踏み出した足が宙に迷った。
 気がつくと、彦野は、両肩を冷たいコンクリートの壁に挟まれていた。頭上はるかに、夕焼けが捻じれていた。
 荒地を灌漑するため張り巡らされた水路だ。その先には……
「海へ続く道。そう。これが僕の夏だ」
 彦野は波音と潮風にうっとりとしながら、蛇のように水路の底を這っていった。
青春
公開:18/09/01 22:18
更新:18/09/01 22:25

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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