とらのゐをかる

オーイ。

日が暮れる頃、農作業を終へて家の前に着いたとき、呼ばれた気がしたので振り向くと、向かうから雄の虎が手を振りながら此方へ向かつてやつてきた。

旦那、旦那、急で相すいやせンが御宅をちツとだけお貸ししちやあ呉れませんかね。
ナア二、女房の奴が急に産気づいちまツたもンで、ホンの仔を産む間だけでさあ。無事産まれたらちやンとお礼は致しやすから。

となれば寝床は虎の御内儀に明渡さざるを得ず、部屋の隅で蹲るやうに寝る。
しかしさうして幾晩か経つたが一向に仔が産まれる気配がない。
これは体良く家を取られてしまつたと云うふことなのか、まるで私が居候してるかのやうな態を帯びてきた。

かうなつては口惜しい、しかし相手は何せ虎である。
そこで奴どもが眠つてゐる隙に墨で以て縄を描いてふん縛り、それから目を覚まして気付かれる前にそつと家を出ると、念の為扉と窓に鉄格子を描いて画帖を閉ぢた。