知らない顔

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夫が死んだ。大きな火傷の痕があるからと、とうとう家族の前でさえ、一度も仮面を外さなかった。
「ねえ、お母さんもういいよね。外しても」
娘がわたしに問いかけた。私は緊張のあまり、ゴクリと音を立てて唾を呑み込み頷いた。
娘が仮面に手をかける。ベリッという音と共に仮面が外れると、中から現れたのは蝉の幼虫を思わせる茶色くテラテラと鈍い光沢を持った顔のようなものだった。
「え…やだ」
娘は仮面を投げ、わかりやすく怯えた顔で後退った。
私は夫と思われる顔を凝視した。これが私が30年近く共にした人の顔か?
幼虫のような夫の顔が僅かに歪みひび割れた。バリバリと割れたかと思うと、蝉の幼虫が羽化するように中からつるりとした新しい顔が現れた。
昆虫のような脚と羽を生やしたその顔は、しわくちゃだった羽を伸ばし、こちらをじろりと一瞥すると空に飛び立った。
私が連れ添っていたのは何だったのか。
今でもわからない。
その他
公開:18/08/30 10:41

むう( 地獄 )

人間界で書いたり読んだりしてる骸骨。白むうと黒むうがいます。読書、音楽、舞台、昆虫が好き。松尾スズキと大人計画を愛する。ショートショートマガジン『ベリショーズ 』編集。そるとばたあ@ことば遊びのマネージャー。

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