椅子

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「元々は水彩画で椅子の刺繍の下絵でした」
老執事は飄々と語った。
水色の家の中で弁当を作り、家の前のやわらかな草むらに座って共にそれを食べる。食べ終えたら二人で寝転がり、青草と花の匂いや風に包まれて空を見上げる。
木洩れ日に透ける葉の色が目にしみる。言葉があってもなくても幸せな空間。
「若き日々を思い出せる椅子を、旦那様は奥様のために作ろうとされました」
「椅子はなさそうですね」
私が言うと、老執事は唇を引き結び絵を見つめた。

「奥様が足腰を傷められ、当初予定のやわらかく大きな椅子に座れなくなったのです。刺繍のない、座面も背凭れも硬く小さな木の椅子でないとだめで」
「で、飾る絵として画家に描き直させたと」
「はい」
「奥様は何て?」
「腰をひねらずに全体が見られていいとおっしゃいました」
ですが、と彼は微笑んだ。
「お二人亡き今、深夜には絵の家の窓から、絵と同じ色調の椅子が垣間見えます」
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公開:18/08/31 03:01
更新:18/08/31 05:28
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UKITABI

ショートショート初心者です。
作品をたくさん書けるようになりたいです。

「潮目が変わって」(プチコン 海:優秀作)
「七夕サプライズ」(七夕ショートショートコンテスト:入選)
「最高の福利厚生」(働きたい会社 ショートショートコンテスト:入選)
選出いただきました。

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