なにか?

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その男の前歯はとうもろこしだった。
真夏の山手線。
私の向かいに座っている営業マン風の男は、スマホをいじりながら時折笑う。チラリと見える前歯がやけに黄色いものだから私は気になって、人に席を譲るフリで男の前に立った。確かにそれはとうもろこしの粒だ。
男は田端で降りた。
私は鶯谷で風俗系の大事な面接があったのだけれど、男の歯が気になって後を追った。
男は撮り鉄なのだろうか、カメラを首に下げてJRの車両基地に向かっている。
「あの、突然すみません」
私は思いきって声をかけた。
男は警戒するように私を見た。
「あなたの前歯なんですけど」
「なに?」
「それ、とうもろこしじゃありませんか?」
「そうですよ」
「ど、どうして」
「旬だから」
「えっ?」
「旬でしょ」
「ええ、まあ」
私は頭が真っ白になった。
私は自分の常識を人に押しつけているだけなのかもしれない。
旬だから。
返す言葉がなかった。
公開:18/08/28 10:22
更新:19/02/07 10:34

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