知恵の輪

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「指輪はどうして丸いの?」
 物置の方から妻が尋ねた。
「指に嵌めるからだろ」
 夫はテレビを見たまま、卓上の知恵の輪を手に取った。
「輪は永遠や和合や完全を象徴する。つなぎとめる、閉じ込めるっていう意味もあるな」
 夫は知恵の輪を早々に諦めて振り回した。妻が何かを引きずってくる音がする。
「指輪は束縛なの?」
 妻は夫の背後に立っていた。
「契約かな。意思が自分を律するんだ」
 妻が夫にしなだれかかった。夫は両手を後ろに回した。だが、妻は夫の腕をよけ、知恵の輪を奪った。
「知恵の輪って、大嫌い」
 夫は腕を捻られ締め付けられた。体を捻ろうとすると肩と背中とが激しく痛んだ。それに呼応するように、背後からくぐもった呻き声がした。夫はその声に憶えがあった。
 知恵の輪の片方が夫の前に落ちた。
「上手に外せたら、ハンコ押してあげる」
 妻が出て行く音がした。キッチンからガスの臭いが漂ってきた。
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公開:18/08/29 12:48
更新:18/08/29 16:03

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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