「こぶし」

拳に大きなこぶが出来た。
何だこれは？　と医者に行った。

「こぶ疾患、ですね」

聞いた事もない病名を言われた。
奇病ではあるが難病ではないという。治療法は簡単。昆布を食べれば良いらしい。しかし昆布は嫌いである。非常に困った。それでも食べなければこぶがどんどん大きくなり、やがて手が動かせなくなるらしい。

帰宅して、そのことを妻に報告した。
その日から毎晩、昆布料理が食卓に並んだ。昆布の香りだけでも吐き気がする。正直、見るのも嫌だ。
やれやれ、とんでもない奇病に侵されてしまったものだ。何とか鼻を摘まみ涙目になりながらも昆布を食しているが、心が折れそうだ。こんな思いをするくらいなら、拳など……。
いや、しかし妻を裏切るわけにはいかない。なにしろ妻が毎晩、拳を握りしめ「頑張りなさい！」と鼓舞し続けてくれている。私はこう見えても節操堅固で、信義に厚い男なのだ。そう……。

古武士のように、な。