希望の本

3
19

 この家で娯楽と言えば、図書館で借りた本ぐらいしかない。こんなつまらない家、大人になったら出ようと思いながら、私は毎日、本を読んだ。名探偵が活躍する話や男女の恋の話、物語の世界はどれも色鮮やかで、私は外の世界に憧れた。

 十年ぶりに実家に帰ってくると、黄色い花と緑の草木に覆われた青い木造の家が私を迎えてくれた。外壁は色褪せて水色に変わっていたが、他は何一つ変わっていない昔のままだった。
 「ただいま」と私がドアを開けると、「おかえり」と笑顔で母が迎えてくれた。久しぶりに会う母の顔は私の想い出の中のそれとは違って、歳月の流れを感じさせた。
 家の中は相変わらず何もない。初めて訪れた家に最初は、はしゃいでいた娘も飽きたようで「ゲームは? テレビは?」と言い出した。
 父が無言で娘に一冊の本を渡した。
 「これ何?」と言う娘に、「憧れ? いや、希望かな?」と私が答えると、家中に笑い声が響いた。
その他
公開:18/08/26 11:09
更新:18/08/26 13:23
クリムト 名作絵画SSコンテスト 北オーストリアの農家

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容