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私は、死後幾度目かの日本に来ていた。食事も就寝もしない日常の中で、幾度目かわからぬ朝日を見たとき、ふと思い立ったのだ。
手元には、「クリムト展」と書かれたちらしがあった。かつて『接吻』と名付けた絵の下に、冗漫な解説文が踊る。まるで、私をどこか狭小な場所に閉じ込めようとしているようだった。
「それもいいけど、私はあの絵が好きだったわ」
耳朶が背後からその声をとらえた。まだこの心臓が拍動していた時分に、狂おしいほどに馴染んでいた声。
死の淵でも口にした彼女の名を呼ぶ。声はかすれて軟風にかき消された。
彼女は、胡蝶蘭の花のように微笑んだ。
「ほら、故郷で、果樹園の小屋とマルメロの樹を描いたことがあったでしょう。春陽のような色調を、今でも覚えてるわ」
私は皺の寄った細い手をそっと掴み、やおら引き寄せた。私よりわずかに高い上背、少し曲がったたおやかな腰。そのすべてをいつまでも感じていた。
手元には、「クリムト展」と書かれたちらしがあった。かつて『接吻』と名付けた絵の下に、冗漫な解説文が踊る。まるで、私をどこか狭小な場所に閉じ込めようとしているようだった。
「それもいいけど、私はあの絵が好きだったわ」
耳朶が背後からその声をとらえた。まだこの心臓が拍動していた時分に、狂おしいほどに馴染んでいた声。
死の淵でも口にした彼女の名を呼ぶ。声はかすれて軟風にかき消された。
彼女は、胡蝶蘭の花のように微笑んだ。
「ほら、故郷で、果樹園の小屋とマルメロの樹を描いたことがあったでしょう。春陽のような色調を、今でも覚えてるわ」
私は皺の寄った細い手をそっと掴み、やおら引き寄せた。私よりわずかに高い上背、少し曲がったたおやかな腰。そのすべてをいつまでも感じていた。
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公開:18/08/20 14:06
更新:18/08/20 14:08
更新:18/08/20 14:08
グスタフ・クリムト
北オーストリアの農家
二十代半ば、会社員のかたわら執筆しています。
まだ拙い部分もありますが、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。
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