トイレの落書きみたいな

3
42

便器に座ると、その絵は嫌でも目に入った。色の点がびっしり重なる森の雰囲気が陰鬱な絵で、僕はふざけて、トイレのたびにサインペンで色の点を一つずつ書き加えていた。
 単身赴任先から急遽帰ってきた父親に「病院に届けるから、お母さんの必要なもの用意してくれ」と頼まれた。とくに返事もせず箪笥に向かうと、いつか聞いた母親の独り言が、頭の中で響いた。「幽霊にでもなってみたいわ・・・」
 箪笥を開けてまず目に入ったのは、僕のと同じメーカーのサインペンだった。細さもまったく同じ。だが色は、かなり豊富だった。
 父親が大きな声で叫んだ。「おい、落書きしたのか。俺が買ってきたポスターだぞ」トイレから出てくるなり、父はこれ見よがしの大きな溜息をつき、スマホで検索したクリムトの絵を僕の方へ向けた。
 森はとても明るかった。木々の奥でこちらを振り返っているはずの真っ黒い女性は、どこにも見当たらなかった。
恋愛
公開:18/08/12 14:27

糸太

400字って面白いですね。もっと上手く詰め込めるよう、日々精進しております。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容