最後の作品

2
41

これが主の最後の作品になるであろうことを、犬は分かっていた。

主とは15年の付き合いになる。主の四肢が今よりも筋肉質で顔や手のシミが少なかったころに、彼の奥さんの友人宅で生まれた犬を、彼ら夫婦が見初めて家に引き取ってくれた時のことを、犬は感慨深く思い返していた。

主の出身は遠い異国にある、小さな田舎町らしい。主は若い画学生だったころに、極東の国で描かれた絵画を見て、この国にあこがれ、30歳の時に初めてこの国に足を踏み入れた。そして生涯のパートナーと出会い、結局今年で55年間、この地で暮らすようになったのだ。

その半世紀以上の間には、誰の人生にも起こる幸せも不幸せもあった。だがその間、主はずっとこの国の風景を描き続け、母さん(主のパートナーのことを、犬はそう呼んでいた)はいつもそばにいた。5年前までは。

今、主は冬の地で最後の作品を描いているーー記憶の中にある生まれ故郷の生家の春を。
その他
公開:18/08/11 19:04
更新:18/08/11 19:15

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容