夏の想い出

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ーー最期に残したい言葉はありませんか。
優しそうな顔はそう言った。

最期か。点滴の管は透明な液体を体に送り続けている。きっと麻酔かなにかだろう。あれ程酷かったはずの痛みを何も感じない。手足を動かすことさえできない。うっすら明るい瞼の裏で最期の言葉を考える。俺の人生は一体何だったのだろう。

夏の暑い日、女が赤い花柄のワンピースを着ている。何処からか聞こえてくる風の音。その後のことは何も知らない。
思い出そうとすればするほど記憶の破片が消えていく。まるで掬い上げた砂がこぼれ落ちていくように。

「あの時に帰りたい」
言葉を口に出す。男はうなずくとゆっくり椅子の脇に歩み寄ってきた。

ーーわかりました。さようなら。
男の右腕がゆっくりと上がり、額に冷たい銃口が突きつけられる。

世界が轟音を立てて終わりに向かう。
投げ出された椅子から見上げる白い天井に夏の風に揺れる赤いワンピースが見えた。
公開:18/08/08 13:19
更新:18/08/08 13:42

銀座愁流

銀座といいます。

いつもはもう少し長めのものを書いています。
https://note.mu/ginzasur
 

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