白の境界線

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僕はとある風景画に心を奪われ、美術館に足繁く通っていた。特別展の最終日には会社を早退した。混雑する展示室を縫うように歩き、その絵の前にたどり着いた瞬間、違和感を覚えた。

黄色の花が一輪足りない。

僕は思わず顔を近づけた。足元の白線の内側に爪先が入った瞬間、展示室は絵と僕だけの世界になった。


胸ポケットに黄色の花が刺さっていた。
「受け取れないよ」
胸元から花を取り出し、元の場所にそっと重ねた。花はキャンバスの表面で溶けて絵の中へと還っていった。


「白線の内側に入らないでください」
学芸員の声にハッとした。
「すみません」
ふらふらと絵から離れ、近くの長椅子に腰かけた。しばらくの間、絵の前を過ぎていく人々をぼんやりと見ていた。

閉館五分前、重い腰を上げると黄色の花びらが一枚舞い落ちて、革靴の上で溶けた。

僕は、白線を踏まないように気をつけながら、最後にもう一度絵の前に立った。
その他
公開:18/08/06 00:42
更新:18/08/31 22:44

ぱせりん( ひろしま )

北海道出身です。

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