秘伝の海

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先日、小料理屋を開いた。
修行先の女将さんは喜んで、のれんだけでなく隠し味も分けてくれた。
「うちに代々伝わる海なのよ」
一瞬、耳を疑ったが、取り出された一抱えもある瓶を見て驚いた。
まるで海を切り取ったように瓶の中でさざ波が立っている。
水中からは気泡が立ち上り、ほのかに潮風が香った。
作り方はさすがに教えてもらえなかったが、使った分の水を足せば数日で元の『海』になるらしい。

「潮が複雑な日はほどかないとダメよ」
という言葉通り、ちゃんと潮をほどかないと味が複雑になる。
波の高さや荒れ具合、潮の満ち引きなど、『海』を扱うのはなかなか難しい。
どこか懐かしい気持ちになると評判だったあの店の味を引き出すのも一苦労だ。
「海も人も波があるからねぇ」
そう言う女将さんの味と笑顔はいつも変わらない。
私はまだ上手く波は読めないけれど。

準備を終えて波音が静かに満ちる店内で、今日も人の波を待つ。
その他
公開:18/05/17 12:55

天宵 遥

天宵 遥(あまよい はる)です。
普段は別の名前で140文字のTwitter小説をのんびり投稿しています。
言葉遊びや少し不思議なお話が好きです。
SS初心者ですが楽しみながらまったり書いていきたいです。

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