海の花

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私が幼い頃を過ごした町は、海沿いの田舎町だった。夏の間は暇さえあれば海に潜り、遊泳のできない時期は一日中砂浜を走り回る。夜になれば灯台の灯りを横目に、波の音を子守唄がわりに眠った。
五歳の八月。その町を離れた。
お別れの日に一番仲の良かったえみちゃんが泣きながら私にくれたのは、五センチほどの小さな塊だった。
脆く簡単に粉のように崩れるそれは、私の町では海の花と呼ばれていた。
潮流の弱い一部の海底にしか溜まらない海の花は海の成分が凝縮されたもので、水に溶くと海を作り出せるのだ。

山あいの町へ引っ越した私は、小さな器に海の花を溶かしては海を作った。
毎夜私の部屋に広がる小さな海は寄せては引いて、ささやかな波音をたてる。寂しさに泣く夜も、波の音は私を安心させた。

最後の海の花を溶かした夜、泣かなくなった私の小さな海の向こうに、懐かしい灯台の灯りを見つけた。
汽笛の音が、部屋に小さく響いた。
ファンタジー
公開:18/05/16 23:40
更新:18/05/16 23:44

ゆた

高野ユタというものでもあります。
幻想あたたか系、シュール系を書くのが好きです。

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