海ぶどうの記憶

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海ぶどうを食べたら頭が良くなるのよ。母が言った。でも、そんな訳ないことを私は知っていた。だから頑なに拒んだ。昨日の夏祭りで買ってもらった、透明な丸の中に桃色のハートが閉じ込められている、珍しい風船を手に握りしめて。
「ほら、おいで。食べなさい」
母は言い、暴力だ、と私は思う。権力の不自由。仕方なく、おもりのついた風船から手を放した。母の膝に座る。海ぶどうを口に運ばれる。咀嚼する。やっぱり、全然、美味しくない。
文句を言う代わりに視線を戻す。そこにあるはずの風船が、ない。胃の底から一気に黒いものがこみ上げてくる。
「ああああ!!」
ベランダの窓は開いていた。おもりの力など物ともせず、風船は空に吸い込まれていく。私はそれを見つめたまま泣きたくなった。大事なものは自分の手で守らなくちゃ、他人は何の責任も取ってくれやしないのだ。母のごめんねが残酷に響く。もう謝らせない、と私は誓う。最初から。
その他
公開:18/05/13 09:29
家族 親子

yuna

400字のことばを紡ぎます。

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