手のひらの住人

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多くの日本人の間では、人前に出るときに緊張をほぐすため、手のひらに人という字を三回書いて飲むという方法が浸透している。
元来あがり症の僕も、ステージを前に、指を手のひらに滑らせて人の字を書いた。一回、二回。続けて三回目を書いたそのときだった。
僕の手のひらの上で何かがふわりと翻り、むくむくと膨らんでいった。一つの形をなしたそれは、十センチほどの男だった。
手の上の男は小さな体で大きく伸びをしていたかと思うと、姿勢を正して僕を真っ直ぐと見上げた。
戸惑うばかりの僕に、その男はもう片方の手を寄せるようにと促す。僕は言われるがまま、彼を乗せていない方の手を彼の側へと持っていった。その仕草を認めた彼は、差し出した僕の指へぱちんと力強くタッチした。
そうして何を言うでもなく、僕の顔を見据えながらしっかりと頷いた。

「次の方、お願いします」

声を合図に僕は顔を上げた。
足の震えは、少しもなかった。
ファンタジー
公開:18/05/08 18:33
更新:18/05/09 16:52

ゆた

高野ユタというものでもあります。
幻想あたたか系、シュール系を書くのが好きです。

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