海の浸水

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「夜の海は心に入り込んでくるから気をつけなさい」
海好きの私に、母がよく言っていた言葉だ。
けれど歳を重ねるにつれ惹かれるようになったのは、やはり夜の海だった。
暗い夜の海はどこまでも黒く、ザンザンと腹の底に音を響かせて、昼間よりも深く胸を揺らす。私は目を閉じてその音に浸った。浸りすぎてしまった。
次の日。私は誰に対してもすっかり塩辛くなってしまっていた。海が入り込んだのだと気がついたときには、遅かった。毎度の塩対応で彼氏も友達も離れていき、接客のバイトもクビになった。
何もかも失った。そう思って海辺に佇んでいたとき、声をかけてきたのは一人の男だった。
「俺、君とはなんだか相性がいい気がするんだ」
典型的なナンパだな。思って塩対応をとる私に、彼はなぜか満足そうに笑った。
その瞬間、私の中の海水がぶわっと波うち泡立った。
「貴方、名前は?」
彼はにっこりと笑った。
「コウジ。米野コウジだよ」
ファンタジー
公開:18/05/09 20:02
更新:18/05/10 20:12
海の浸水

ゆた

高野ユタというものでもあります。
幻想あたたか系、シュール系を書くのが好きです。

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