海の病

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それは『海の病』だと言われた。
港町の診療所で医者をやっていた祖父が言うなら間違いないだろう。

思い返せば確かに海で溺れているような症状が多い気がする。
思考に沈んで呼吸さえ忘れそうになったり、感情を言葉にしたいのに泡のように消えてしまったり。
自分らしくない感覚は、掴む場所のない海の真ん中に放り出されたみたいだ。

症状を自覚して怖くなってきた僕に祖父は笑いながら言った。
「人魚に出会ったらそうなるもんだ」
突拍子もない言葉に頭の中が真っ白になった。
人魚なんて、と言いかけてなぜかひとりを思い出す。
溺れる僕と対照的に、軽やかに波間で笑う顔。

何度諦めようと思っても、寄せては返すさざ波の想い。
僕の心の形も大きさも重さだって知らないはずなのに、沈めるのも浮かべるのも、いつもキミ。

「悪くはない病だと思うがね」
少し遠くに聞こえる、祖父の穏やかな声。
頬を伝った雫は、海の味がした。
青春
公開:18/05/09 15:47
更新:18/05/11 09:33

天宵 遥

言葉遊びや少し不思議なお話が好きです。
SSGプチコン1「花」優秀賞入賞

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