涙色サイダー

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グラスを傾ける。
と、干上がりに残された泡がはぜ、小さい音を残して消えていった。
「こちらはサービスです」
マスターに渡されたグラス。
口に含めれば、なんの事はない只のサイダーだった。

「人の涙はね、海なのです」
失恋の涙をながし続ける私に、マスターは語りかける。
「成分割合が同じなのですよ。だから涙が1滴でも入れば、そのサイダーだって海になるのです」
マスターは私に、試しに入れてみて下さいと勧めた。
サービスで貰ったものだ。
老人の戯れ言に付き合おうと、私は涙をサイダーに溢した。

サイダーは渦めき、蠢き、真っ黒に染まっていった。
私の気持ちを表すかのように、深い深い海底の色だった。
時折横切る光は、提灯アンコウのものだろうか。
マスターは黙ったまま、私の目を見て小さく頷く。
私も小さく頷き、それをぐっと飲み干した。


おどろおどろしい見目に反し、それはやっぱり只のサイダーだった。
ファンタジー
公開:18/04/24 00:09
更新:18/04/25 18:38

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