「おかえりなさい」が言いたくて

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外から子供の賑やかな声が聞こえる。そろそろ曾孫の翔太が学校から帰ってくる頃だ。
私は箪笥の奥から古い手紙と写真を取り出し、しわしわの指で手紙に触れた。終戦から73年。彼を忘れたことは一日もなかった。文面は読まなくても全て覚えてる。二人の思い出、台湾での近況、『ではさやうなら』の文字の形。彼の船が転覆して生死不明だと報せを受けたのは、手紙を受け取って間もなくの事だった。
それから私は見合い結婚して、8人の子供と沢山の孫に囲まれた。先に亡くなった旦那とも上手くやってこられた。したいことをして、食べたい物を食べた。彼の分まで長生きした。
幸せだった。
そう思う。
それでも…。
今でも私は彼の帰りを待っている…。
「ただいま、さきちゃん」
不意に懐かしい声がした。見ると玄関に彼が立っていた。その幻はすぐに消えて、代わりに元気な男の子の声がした。
「ただいま、おばあちゃん!」

「…おかえりなさい」
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公開:18/06/16 23:24
更新:18/06/17 14:47

のりてるぴか( ちばけん )

月の音色リスナーです。
ようやく300作に到達しました。ここまで続けられたのは、田丸先生と、大原さやかさんと、ここで出会えた皆さんのおかげです。月の文学館は通算24回採用。これからも楽しいお話を作っていきます。皆さんよろしくお願いします。

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