おばあちゃんの珈琲

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彼がアルコールランプのサイフォンを買ってきた。ロートにフィルターを装着し挽いたばかりの珈琲の粉を入れる。火をつけようとマッチをするとリンが臭った。
私の祖母は喫茶店を営んでいた。
カウンターに並ぶサイフォンは理科の実験道具みたいで、祖母が竹べらでぐるぐるとかき回した琥珀色がフラスコに落ちるのを見るのが大好きだった。
「うちも珈琲飲みたい」
「あかん」
「なんで?」
「珈琲なんか子どもの飲むもんやない。背、伸びんなってもええんか」
「いやや」
「それやったらおばあちゃんの言うこと聞いときや」

花が咲くように珈琲の匂いが広がった。
「サイフォンてな、下手くそが淹れてもそこそこ美味しいねんて」そう言うと彼は少し困ったような顔をした。
「あの時、おばあちゃんの珈琲飲んでたら私、もっと小さかったんかなあ」
私がもうすぐ屋根に届きそうな頭をうな垂れると、彼は私の脛あたりを両腕でぎゅっと抱きしめた。
その他
公開:18/06/14 19:16
更新:18/06/21 10:29

杉野圭志

元・松山帖句です。

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